記事2026/08/21

面白いブログ記事とはなんだろう

 面白いブログ記事とは何かについて素朴に考えてみる。

 ブログ記事というのはつまり数十字から数千字くらいの、個人が自分の判断で公開する文章であると言えるだろう。内容は様々で、文章によってなし得るありとあらゆる種類の表現がある。
 面白い記事だ、と感じることはよくある。というか、何らの意味でも面白くない、100パーセントつまらない、という方が少数である。面白くない(というか不愉快な)のは、何かを侮り名誉を傷つけるような類のもの、事実誤認をばら撒くもの、自慢もしくは卑下だけでできているようなもので、個人が正直な話をしている限りはそう不快なものにはならない。
 得られるものがあまりない記事というのはあり得る。自分が既に知っていること、思いついていることについて書かれたものは、情報として足しにならないので自分にとっては価値が低いということはある。しかしそれはたまたま自分が知っていたというだけのことであって、それを知らなかった人にとっては面白い記事になる。

 面白さには種類があるだろう。

  • 書かれている事実が特異である(不思議な現象、光景、生物、事件、作品の話など)
  • 知的刺激に溢れている(アカデミックな話、技術的な話など)
  • 個人の話をしている(何を感じた、何をしたなど)
  • 個性が表れている(その人独自の視点がある)
  • 語り口に面白みがある(レトリックの工夫がある)

 話の内容が絶対的に面白いものについては、それはそうなのでそれ以上言うべきことはない。そういうものは書いたのがその人じゃなくても面白いだろうが、そういう話題を集め続けられるというところには弛まぬ努力と工夫が必要になる。あとは正しく情報を伝えられる文章力。

 それだけなら新聞や雑誌などと違いがない。ブログというものが面白いのは、「具体的な個人の話」というだけで既に面白いからであろう。これを買った、これをやった、これで遊んだ、これを食べた、ここに行った、という話はそれだけでもうある程度面白い。もちろん刺激の強度としてはただそれだけでは大したものにはならないが、「ふーん」「へえー」とは思うものである。どこの誰かも知らないのに、その人が具体的に何かをやったという話を聞いて「ふーん」と思えるのだ。
 この具体性というのは、個性的である必要はない。ごくありふれていても、それが提示されて、そしてそれを読むということをした時、そこに淡い面白さが生まれる。

 もちろん個性的ならより面白い。ただし個性的であるということは相性の問題が生ずることも意味しているだろう。相性が合うなら一言一句もれなく面白いが、合わなければ「なんだこれ?」で終わる可能性もある。相性がマッチしないとそもそもその文章が何を書いたものなのか自体が伝わらない。
 あまりに個性的だと相性の合う人間の絶対数が少なくなり、興味を持ってくれる読者は非常に限られてしまうが、代わりにそのような読み手との間には特別な何かが生まれる場合が少なくない。それは他で得難い尊いものであろう。

 文のノリも重要だ。これは多分にテクニックの問題だが、どういう種類のノリを選ぶかには個性が関わる。読み手の側もどういうノリを好むかはその人それぞれである。

 面白いとは、面白さを減らす要素が少ないということも含んでいる。
 具体的な話をすればそれだけで面白いと書いたが、例えばそこにいちいち自己顕示欲や不幸アピールみたいなものがくっついていたら読んでいられなくなってくる。「そういう人間をわざわざ見る愉しみ」というような特殊な嗜好があれば別だが、そういう人は多くはないだろう。
 ネガティブな話はつまらないということではない。ポジティブだろうがネガティブだろうが、そこに「正直ではない」要素、もっと言うと「自分を何かに見せかける」ような要素があると悪臭がし始めるのだ。ネガティブなことも正直に書けば共感を誘うし、それこそを必要としている「仲間」はこの世にたくさんいる。

 面白い記事を投稿するにはどうしたらいいか。ここまでのことから導ける範囲では以下のパターンがあるだろう(他にもあるかもしれない)。

  1. 絶対的に面白い事実を紹介する
  2. 個性的な見方、語り口を披露する
  3. 具体的なことを正直に書く

 多くの面白いブログは、このうちのひとつに特化しているように思う。それぞれ面白さの種類が違うので、混ざっていると訪問者が困惑することもあるかもしれない。逆になんでもかんでもあるという情報量の多さが魅力になっているブログもあるだろう。
 いずれにしても継続するのは容易でなく、自分の「型」が見つからないと苦労が多い。自由気ままなブログというのも、「虚しさ」に悩まされずに続けるのはなかなか大変である。


 今回このテーマでここまで書いてきたのは、実は「面白いブログにするにはどうしたらいいのだろうか」という自分の目的意識があったからだった。で、書き始める前は安直に、「面白い事実をシェアする欲がないからいまいちなのだ」ということを考えていた。他の人のブログをちょっと読んだがゆえの感想である。
 こう書いてきて、終始ふつうのことしか言っていないし、「面白さ」に対する自分の認識は別にそれまでと全く変わっていないのだが、「面白い事実を探してシェアするようにしよう!」という選択肢が果たして自分にとって妥当なのかは甚だ怪しく感じられだした。不思議なことだ。前から思っていたことを、ただそのまま書いたのに、自分の判断がそれと合っていないらしいことがそれで初めてわかってくるわけである。

 いつも考えを書く時には、書いている間に自分自身が変化し、書く前と書き終えた後とで別人になっていることが多い。大体そのために書いている。だから、(解説や紹介の類を除いては)書き終えた時点で別人になりそうにないことは基本的に書かない。
 今日は自分の気力に合うちょいどいいネタがなくて、それでも今月はたくさん書くのだからということで「いつもなら書かないテーマ」を採用してとりあえず書き始めた。それで、実際別人にはならなかった(なので内容に面白さが少しでもあるのかわからない)。が、それにもかかわらず「あれ? ちょっと待てよ」という感じで気づきを得た。生まれ変わりそうになくともとりあえず書いてみるということが意外な結果をもたらすということを、図らずも体感することになった。
 何事も書いてみなくちゃわからない。