記事2026/08/06

2026年上半期の振り返り

 もう7月を通り越して8月になってしまったが、一旦上半期の振り返りをしておこう。

 といっても何を振り返るべきかというのが毎回曖昧なのだが、とりあえずおおまかに何を考えて何をしていて何があって、どんな発信をできたか、というのはピックアップしておきたい。

今年の目標について

 まず今年の目標を確認する。年始(2026年)の時点であった願望を思い出しておこう。

  • 行動
    • 情報整理
      • デジタルの情報は容れ物は決まったがまだ収納が終わっていない、というような状態なので収めるべきところに収めたい
      • 新聞記事の切り抜きが未整理のまま大量にあるので整理したい
    • 書き物
      • 去年得た重要な閃き(未公開)を本にしたい
    • プログラミング
      • サイトの管理をスムーズにしたい
  • 心がけ
    • 対人・物事の解釈
      • 恐れる心を御したい
      • どうでもよいことはどうでもよいとする
    • 心の豊かさ
      • 文化的な技能と知識を厚くしたい
      • 自分がゆかりある土地について詳しくなりたい

Ver.1(~5月)

 そして作った目標がこんな感じ。

  • 行動
    • 情報を収納する
    • 本の執筆を進める
    • サイトの管理を滑らかにする
  • 心がけ
    • 自分の動揺の根拠を明らかにする
    • 文化的趣味の実践と知識の獲得
    • Googleストリートビューで旅する

 後々変更が加わるが、最初はこうだった。これに各月の所感を加えてみよう。なおインデントを減らすためにちょっと書き方を変える。

  • 【行動】情報を収納する
    • 1月:ToDo管理・プロジェクト管理をデジタルから紙(A5バインダーへ)
    • 1月:Cosenseにテーマ別のプロジェクトを作るように
    • 2月:公開情報についてNoratetsu House 別館自作ツールづくりwikiに整理
    • 3月:Dynalistで「プロジェクト」を扱う形式に答えを出した/Dynalistの自分用代替アプリを開発
    • 4月:バイブコーディングで情報管理用ツールを複数作っていた
    • 5月:使用している規格を減らすことを徹底
  • 【行動】本の執筆を進める
    • 1月:ツール環境がよろしくない
    • 2月:進んでいなくはないが進みに満足感はない
    • 3月:考えのコアの部分が二転三転(良いこと)
    • 4月:執筆用ツールを作ってある程度捗った
    • 5月:章立てが明確に/執筆用ツール廃止、テキストエディタで階層付きテキストとして書く形に変更
  • 【行動】サイトの管理を滑らかにする
    • 1月:Dynalist上で書く形式に戻した
    • 2月:-
    • 3月:記事執筆用エディタ開発着手
    • 4月:エディタ完成/移転の必要を知った
    • 5月:-
  • 【心がけ】自分の動揺の根拠を明らかにする
    • 1月:いっそ思う存分悪しざまに書き綴ることで冷静さを取り戻すハック
    • 2月:意識するような出来事がなかった
    • 3月:理由の解明より忍耐力を上げるノウハウを考えたい
    • 4月:目標を「三毒の克服」に変更
    • 5月:(三毒の克服)苦しかったが耐えた、勉強は進んでいない
  • 【心がけ】文化的趣味の実践と知識の獲得
    • 1月:いまいち
    • 2月:実践✕ 知識○
    • 3月:「自由にものをつくる」タイプのゲームをこの範疇に加えよう
    • 4月:声についての勉強とトレーニングを実践
    • 5月:目標を再考
  • 【心がけ】Googleストリートビューで旅する
    • 1月:かつて住んでいた複数の地域を辿った
    • 2月:忘れていた
    • 3月:近所を細かく見てみた
    • 4月:県内の名所を見てみた
    • 5月:目標を再考

 各月の振り返りを見返すと、あー、そうだったっけ?という感じで、ところどころ「ちょっと無理して書いたな」と思うところもあった。嘘を言っているつもりはないが、結論的なものを言おうとして本当に感じていたことより一歩出過ぎたことを書いているような感じが全体的に散見した。多分だが、本を書くのに一生懸命でサイトの更新をしていなかったし語れることというのがなかったから、虚無感を月間振り返りという機会に埋めようとしていたところがあったと思う。
 なんにしても、目標自体はプラスに働いていた。何かしら取り組むということを忘れないでいるのが何より重要である

Ver.2(6月~)

 そもそも公開する必要のない(のらてつとしての活動範囲ではない)ものを公開していたことがおかしかったという気づきから、目標を変更することにした。
 上半期からはみ出るが7月分までまとめておく。

  • 【情報整理】適切な形式で収納する
    • 6月:モノの大整理をやった/読書ノート転記開始
    • 7月:読書ノート転記続き/B6紙、A6紙の活用/Cosenseの利用が活発に
  • 【書き物】本の執筆をする
    • 6月:進まなかった/新ツール開発開始
    • 7月:関連書籍を読みまくっていた
  • 【プログラミング】サイトを整備する
    • 6月:移転のためにLumeの勉強をしていた
    • 7月:リニューアルオープン!
  • 【ライフハック】目標を使ってライフをより良くする
    • 6月:いい感じだが「方向」だけでなく「到達地点」を考えたい
    • 7月:目標のおかげでいろいろやれた

 振り返ってみると5月まではなんとなく風通しが悪く、6月にパッと視界が開けた感じがある。どう考えてもそれは物理的な整理・掃除のおかげで、相対的にそれ以前が「明るくない」ように感じられている感もある。
 目標の枠組みを改めたのも良かった。どこまで書くかみたいなことに迷うこともなくなったし、具体的に書けないのに「感じ」だけをごにょごにょ書くという、読み手に何ももたらさない不親切さも改善できた。
 8月からはまた目標を調整してVer.3ということになる。経緯は2026年7月の振り返りに書いた。

  • 【情報整理】情報を収納する
  • 【書き物】ブローガストを楽しむ ← New!!
  • 【サイト運営】自分のサイトを豊かにする ← New!!
  • 【ライフハック】目標を使ってライフをより良くする

書いたものについて

 今年は最初から頻繁な記事更新を目指しておらず、月間振り返りの記事だけ投稿して終わりの月もあった。個人的な感触として、「書いていない」が続くとまずいのだが、振り返りだけだった月も「書いていない」のではなく「書いているが公開していない」というだけなので特に焦燥や反省のようなものはない。
 あと実は茶の間記事はそこそこの頻度で公開していた。茶の間記事は自分の中では「書いた」うちに入らないが、逆に茶の間記事を増やしていないとか茶の間記事が呑気なものじゃなくなっているとかいうのは精神的に危険なサインになる。今年は世界情勢も国政もあまりにもあんまりなのでその影響で冷めた感じの内容が続いた感がある。
 そんな感じでメインの記事はまともに更新していなかったが、その中で比較的きちんと書いたのがアウトライナー語りの類だ。

結局これらの記事で何をしようとしていたのかのまとめ(上半期の振り返りに関係がないので折り畳み)

 アウトライナーとはなんなのか、というか、アウトラインとはなんなのか、ということを熱心に考えて一応自分なりに納得した。「そんなことを考えてもしょうがないよ」「アウトラインという言い方に大した意味はないだろ」と思う人もまあいただろうが、何も疑問に思わない人は別にそれでいいのである。困っていない人は幸いであり、安心して我が道を行ってもらいたい。なおアウトライナーの使い方自体にその疑問が影響するというような話もしていない。
 つまるところ、アウトライナーなりアウトラインなりという言葉がのらてつワールドと甚だ相性が悪く、私の世界に入ってこないのである。のらてつ語に変換しなければならないが、他の言葉に変えるのが容易でない。というか無理らしいことがわかった。(のらてつワールドだののらてつ語だのという概念の意味はリンク先を参照のこと。)
 言い換えが不可能であるということを前提とした場合に、ならば自分がアウトライナーをアウトライナーと呼ぶのに納得するのにどんな理屈があればよいかということを考えた。必要だった疑問と答えをまとめると以下のような感じになるだろう。

  • アウトライナーにおける「アウトライン」は言葉通りに「何かのアウトラインを示すもの」か?→常にそうではない
  • アウトライナーにおける「アウトライン」を何であると解釈するか?→一行一行が個々に領域(=輪郭)を持つものであるということ、更にそれらの組み合わせが表す何かの全貌(=輪郭)のこと
  • アウトライナーは何を支援するものか?→個々に領域を持つ行の集合を用いて「現時点で解明されている全貌」をエディットし続けること
  • ちなみにアウトライナーは何ができるのか?→何でも

 まず「アウトライン」の曖昧さがしぬほど気持ち悪かったので、それは「一行一行が領域(=輪郭)を持つ」プラス「それらが組み合わさることによって何かの全貌(=輪郭)を表し得る」ということを示しているものと解釈し、「アウトライナー」はその意味での「アウトライン」をエディットするものと見なす。こうすることで、世の人がどういうイメージでアウトラインをアウトラインと呼びアウトライナーをアウトライナーと呼ぶかには無関係に、のらてつワールド内でアウトライナーが「アウトライナー」として存在できるということになる。何を言っているかわからない? わからなくて大丈夫です。他の誰にも関係がないことですから。
 なお、いわゆる「アウトライン形式」は、「一行一行が領域(=輪郭)を持つ」こと、そしてそれらが「スタイルの違いまたはインデントの深さによって構造を視覚的に示す」こと、この二点を満たすものであると解釈する。

 個人的な「アウトライナーという表現が気に入らない問題」についてはこれでもうこの先考える必要はなくなったということだ。

 他にもいくつか投稿してはいるけれども、それらは自分にとってもそこまで重要ではない。駄文というのではないけれども書くことを通じて自分が変わったという種のものではなかった。
 7月に入るとその意味での重要性のある記事を書けるようになった。それについては下半期(または年末)の振り返りに譲る。

全体として

 何をしていて何が変わったのか、というのをコンパクトにまとめてみる。

  • ライフワークとしての(≒本出版を目標とする)執筆習慣の定着(上半期全体)
  • バイブコーディングによる理想の情報管理法追求(3月~4月)
  • 読書習慣の変化、読むために要する気力が低減(4月~)
  • アウトライナー言い換え問題にケリ(3月、5月)
  • 「目標」の使い方の習得(5月~6月)
  • 物理的な大整理による精神の解放(6月)
  • 読書ノート大量転記作業(6月~)
  • 個人サイトのリニューアル(7月)

 一番大きいのはモノの大整理をしたことだ。自分を「それ以前とそれ以後」とに分けて表現できそうなレベルでターニングポイントになっている。あとは「考えなくてよくなった」という種のことがいろいろあった感じがある。
 5月まではどちらかというと停滞していた期間だったので、それを吹き飛ばしてリフレッシュする方向に進んだのは良かった。
 結局のところ、自分が所有しているモノ、自分が暮らしている環境が自分の意に沿っていなければ、そのことは自分の精神に気づかぬうちに負の影響をもたらすことになるのだろう。それは自分で何とかできることだ。部屋が狭くてモノがごちゃついている時だって、それを「部屋が狭いからだ」とするのはそう思おうとしているだけのことであり、「狭いなりの整い方」を目指す余地はある。他人のことはどうにもできなくとも自分のモノはどうにでもできる。どうにでもできることはきちんと自分で手綱を握る。地道にそれをやっていくしかないのだ。